波動シグナル研究所です。
「利益はすぐ確定してしまうのに、損切りだけがどうしてもできません」
「含み損を見ると『ここまで耐えたんだから、戻るまで待とう』と考えてしまう……」
「気づけばナンピンを重ねていて、それまでの利益を一度に失いました」
この「損は抱えて、利益は急ぐ」という心の偏りは、プロスペクト理論と呼ばれる理論で説明されています。意思が弱いからではありません。人間なら誰でも持っている、脳の標準設定です。
プロスペクト理論とは何か
結論から言います。
プロスペクト理論とは、「人は同じ金額でも、利益より損失をずっと重く感じる」という心のクセを説明した理論です。
たとえるなら、道で1万円を拾ったうれしさより、財布から1万円を落としたショックのほうが大きい——同じ1万円でも、心への響き方は同じではないのです。
この「損のほうが重い」という偏りには、損失回避という名前もついています。プロスペクト理論の、いちばん中心にある性質です。
1979年に心理学者のカーネマンとトベルスキーが発表し、カーネマンは後にノーベル経済学賞を受賞しました。行動経済学と呼ばれる分野の、出発点になった理論です。
プロスペクト理論の実験
論文にある有名な質問を2つ紹介します。まず、もらえる場面。「確実に3,000もらえる」と「80%の確率で4,000もらえる(20%の確率で0)」なら、どちらを選びますか。
実験では、80%の人が「確実に3,000」を選びました。もらえる見込みの計算では賭けのほうが上(0.8×4,000=3,200)なのに、利益の場面では確実さが選ばれるのです。
次に、失う場面。「確実に3,000失う」と「80%の確率で4,000失う(20%の確率で0)」では——今度は92%の人が賭けを選びました(カーネマン&トベルスキー、1979年)。
同じ人が、利益では安全を選び、損失では賭けに出る。さらに後続の研究(1992年)では、損失の痛みは利益のうれしさの約2.25倍と推定されています。
約2.25倍ということは、1万円の利益のうれしさは、およそ4,400円の損失の痛みで打ち消される計算です(10,000÷2.25≒4,444)。
損失回避がFXに現れる場面
この「損は2倍痛い」というクセは、トレードでは主に3つの形で現れます。
損切りの先延ばし
損切りは「損失の確定」です。2倍痛いものを自分の手で確定させる操作なので、脳は全力で先延ばししようとします。「戻るまで待とう」と考えてしまうのは、仕組み上そうなるのが自然なのです。
含み損が「まだ確定していない損」であることも、先延ばしを後押しします。「待てば戻るかもしれない」という賭けの選択肢が、いつでも目の前に見えているからです。
チキン利食い
含み益の場面では逆に、「この利益が消えるのが怖い」が先に立ちます。実験で8割の人が確実な3,000を選んだのと同じ理屈で、利益は小さくても早く確定したくなるのです。
その結果、損は大きく・利益は小さく、という形になりやすくなります。勝った回数のほうが多いのに残高が減っていく——いわゆるコツコツドカンの入り口です。
ナンピン
含み損の場面は、実験の「失う質問」とそっくりの構図です。92%が賭けを選んだように、損を認めるより一発逆転に賭けたくなる。ナンピンは、その賭けに資金を追加してしまう行為です。
この心のクセがトレード全体のどこに効いてくるかは、FXで勝てない本当の理由(トレード心理学ガイド)で整理しています。
プロスペクト理論との付き合い方
大切なのは、このクセは知っただけでは直らないということです。痛みの感じ方そのものは、努力では変えられません。
だから、対策はひとつだけです。判断を「入る前」に済ませてしまうこと。
エントリーの前に損切りの位置と利確の位置を決めて、注文まで置いてしまいます。ポジションを持ってから考えることを、できるだけゼロに近づけるのです。
注文を置いたあとは、できるだけ画面に張りつかないこともコツです。値動きを見つめる時間が長いほど、クセに判断を渡す機会が増えてしまうからです。
含み損を前にした自分は、実験で92%側に入ってしまう「普通の人間」です。だからこそ、出口の判断は冷静な「入る前の自分」に任せておく。これがプロスペクト理論の、いちばん実用的な使い方です。
